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JR京葉線 蘇我駅開通記念碑 [歴鉄(鉄道の歴史について)]

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今回の話題となります記念碑です


私がよく利用しているJR蘇我駅には
1988年(昭和63年)12月1日の
京葉線新木場駅~蘇我駅間営業開始を記念した記念碑があります。
蘇我駅の改札から東口へ出て
階段を下ったところの脇(線路そば)にあります(^ー^)

京葉線は
1986年(昭和61年)3月3日に
まずは西船橋駅 - 千葉港駅(現在は千葉みなと駅)間で
営業開始しました。
そして1988年(昭和63年)12月1日に
新木場駅~蘇我駅間の営業を開始しまして
1990年(平成2年)3月10日に
東京駅~新木場駅間が開業したことにより
現在の京葉線の
東京駅~蘇我駅間が全通したこととなりました。


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JR京葉線 蘇我駅開通記念碑


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JR京葉線 蘇我駅開通記念碑と
京葉線の主力車両E233系5000番台とのコラボです
JR蘇我駅内房外房線5番6番ホームを望む


現在京葉線で運用されている車両(車種)は
主力のE233系5000番台と
1編成のみ運用されている209系500番台の二種類です。
※京葉線に乗り入れている武蔵野線車両の説明は除外してます。
※京葉線を経由している房総特急車両の説明は除外してます。

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京葉線では(1編成のみで)貴重な209系500番台
奧に写っているのが京葉線主力車両のE233系5000番台
JR蘇我駅京葉線3番4番ホームを望む

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京葉線の主力車両E233系5000番台と
房総特急運用のE257系500番台(写真のは新宿さざなみ号です)
JR蘇我駅京葉線4番ホームと内房外房線5番ホームを望む


【おまけ】

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娘の小学校入学前の準備としまして
小学校から指定をされました通学路を
覚える練習をしております(^o^)
通学路は車の通りが激しくなくて
車の通りがない裏道ですね。
本日、娘のスイミングスクールの行き帰りにて
通学路を歩きました(*^▽^*)


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自分は「歴鉄」ですね [歴鉄(鉄道の歴史について)]

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今回のお話に出てくる書籍 『鉄道車両ビジュアル大全』です
本の写真を強調するために、写真をクリックした場合、大きめの画像サイズとなります


世の中、いろいろなスタイルの鉄道ファンがいらっしゃいます。

例えば、
So-Netブログでよく拝見致します、クオリティの高い鉄道写真を撮影されています「撮り鉄」、
各駅停車の列車に何時間乗っていても飽きない「乗り鉄」、
途中下車の旅を愛する「降り鉄」、
ラストランや廃止の鉄道を見送る「葬式鉄」、
車両装置・内装・編成等を研究する「車両鉄」、
発車メロディ・走行音・車内放送・駅のアナウンス等を録音する「音鉄」、
ひたすら鉄道の車窓の録画し続ける「車窓撮り鉄」、
まだまだ分類すると「いろいろな鉄」がありますが。。。(^_^;)

自分の場合は、いろいろなスタイルの中でも
鉄道の歴史に興味がある「歴鉄」にあたると思います。
特に、新幹線開業前夜の華やかな在来線に関する資料が載っている
書籍を読んだり、書籍の中の資料写真を見るのが大好きです♪
新幹線開業前夜とは、
例えば
昭和39年10月:東海道新幹線開業
昭和47年3月:山陽新幹線新大阪~岡山間先行開業
昭和50年3月:山陽新幹線新大阪~博多間全線開業
昭和57年11月:東北・上越新幹線本格開業
上記の新幹線開業前の在来線特急・急行が本数が多く設定されていて
華やかで輝きを放っていた頃のことを指しますね。
但し、言い換えるならば、在来線の特急・急行がダイヤ設定上、
更なる鉄道の増発ができない「輸送のパンク状態」を意味してるのです。
在来線がまかない切れない輸送をカバーするために、大量輸送を可能
にできる新幹線を建設してきた歴史があるのです。
明治時代からの日本の輸送の大動脈であります、在来線の東海道本線は、
東海道新幹線開通前は、特にパンク寸前の状態だったようです。
東海道本線は、旅客列車以外にも、貨物列車が数多く設定されていたのも
パンク寸前の原因だったようですね。
もちろん、新幹線は、輸送力増強以外でも、スピードアップを目的として
います。


最近、何度も繰り返し読んでいる本(ムック)を紹介いたします。
講談社から出している 『鉄道車両ビジュアル大全』 です


『鉄道車両ビジュアル大全(1) 東京駅編』 は、
昭和39年10月に東海道新幹線が開通する前の、
在来線の東海道本線が、一番華やかで活気のあった頃の時代をテーマとしてまして、
その頃の東京駅を中心として描かれている内容です。
国鉄特急元祖151系のこだま・つばめ・はと・富士等が活躍していて、
昼間は、151系特急をカバーするかのように
153系を使用した急行なにわ・せっつ・六甲等も設定されていて、
特に急行宮島は、東京~広島間を153系電車で、しかも13時間近くもかけて
走破してましたから、現在、広島へは、短時間で到着可能な新幹線や航空機が
ありますので、そのような運行は、ありえませんよね。。。
これもまた、今じゃありえないのですが。。。
夜行寝台急行が(若干座席急行もあり)、
時間帯(19時半から)によっては、大阪行を中心に10分に一本発車してた時代です。
鉄道車両ビジュアル大全(1)東京駅編_講談社BOOK倶楽部HP

東海道新幹線開業前の東海道本線の参考記事としまして
以下のHPを紹介しておきます。
※参考記事_東海道本線優等列車沿革_東海道新幹線開業前について_Wikipedia


『鉄道車両ビジュアル大全(2) 大阪駅編』 は、
昭和43年10月に全国ダイヤ大改正 「通称 ヨンサントウ」が
実施されて、全国特急網の拡充、電化が推進され、
当時の国鉄にとっては、大きな飛躍を遂げたのです。
その頃の大阪駅を中心として描かれている内容です。
当時のエピソードとしまして、大阪~札幌間は、飛行機利用した場合は、
直通便はないので、羽田乗継をして約4時間、但し料金は、当時の片道運賃で
1万7200円(ジェット機利用の場合は、プラス2000円)
鉄道利用した場合は、特急日本海(大阪~青森)と青函連絡船と
特急北斗(函館~札幌)利用で、約1日かかるのですが、当時の片道運賃で
5820円(特急・連絡船全て二等運賃で計算)。
上記の算出運賃に対して、4倍ないし5倍すれば、現在の貨幣価値に
なると思います。
どんなに時間がかかっても、安い鉄道を庶民は利用していたのです。

鉄道車両ビジュアル大全(2)_講談社BOOK倶楽部HP

ヨンサントウの参考記事としまして
以下のHPを紹介しておきます。
※参考記事_昭和43年(1968年)10月1日ダイヤ改正_ヨンサントウ_Wikipedia


『鉄道車両ビジュアル大全』 は、
当時、第一線で活躍をされていた車両や駅の写真が数多く掲載されていて、
鉄道好きなら興味をそそられ、感動できる(感動は自分だけかもしれませんが。。。)
写真ばかりだと思います。
また、車両のイラストが忠実に表現されていて、綺麗な描写でとても楽しめる内容です。
本の舞台となっている昭和39年や昭和43年といった、当時生まれていない時代の方にも
文章が分かりやすいので、当時の鉄道事情が理解できる内容となっております。

このような写真やイラストを多く掲載している本は、
鉄道の歴史を知る(歴鉄への)入門編には、最適だと思いました\(^o^)/

今回は 私の 「歴鉄」 のことについて書かせていただきましたが、
みなさまは、「何鉄」でしょうか?
その辺を掲示板に書いていただけたらと思います、
特に「○○鉄」とかないようでしたら、「駅弁には目がない(笑)」とか
「500系新幹線が大好き、正面から見たらモグラみたい」などと言った
コメントも大歓迎ですよ(^_-)

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